マニュアル業界用語解説「Word」とは?

コンピューター業界の片隅にひっそり生息するマニュアル制作会社ならではのニッチでユニークなコトバ使いを解説する連載の第3回目。今回のお題は「Word」です。「単語」? そうなのですが、このあまりにも一般的すぎるコトバも当業界だと特定の何かを示すのでした。

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業界標準文書作成ソフト

「Word」は小学校で習う日常英単語訳に含まれるほどメジャーな英単語です。その意味は「言葉」ですが、文や文章となっている言葉の最小単位である「単語」という意味で使われます。

当マニュアル業界は、いみじくもコトバを扱う業界ですし、とりわけ翻訳業務において「単語」という意味で「ワード」という呼びかたを日常的に用いています。英文和訳または英語から多言語に翻訳するときの課金の単位として「ワード数」を用いるのが一般的ですから、そういうときに日常的に使われる呼称です。つまり、単語ひとつにつきおいくら……とコスト計算するわけです。

その一方で、マニュアル業界で「Word」と言って真っ先に脳裏に浮かぶのは、他でもない天下のマイクロソフト社が世に送り出している、事実上世界標準の文書作成ソフト「Word」だったりします。その世界標準の文書作成ソフト(古い呼びかただと「ワードプロセッサー」略して「ワープロ」)がおそらく業界標準として使われているに違いありません。

世界標準という長いモノに巻かれて

同じ文書作成ソフトでも、「Word」がアルファベット圏発祥だったのに対し、漢字かなカナという独自の言語事情を持つ日本では、ジャストシステム製文書作成ソフト「一太郎」のほうがメジャーで標準でした (シェアが高かったのはかなり昔の話かもしれませんが)。

日本国内で完結するなら Word でなくてもよいし一太郎でも全然かまわないですし、実際に一太郎は公文書に強いと言われており、国内では一定以上の評価と需要があると思われます。

他方 Word は、各国語の翻訳者と取り交わす翻訳データを作成するアプリのデファクトスタンダードです。まさに「数の論理」で、和文であっても Word での原稿作成を必須とされ、そのほかの文書作成ソフトは見向きもされません。弊社は多言語翻訳手掛けていますので、各国語の翻訳者とは当然 Word 文書でやり取りしています。だから必然的に世界標準の Word を使う以外に道はありません。日本国外の人間に国産文書作成ソフトを使ってもらうなど不可能です。

つまり、アプリ・ソフトの善し悪しはまったく関係ない、世界標準という長いモノに巻かれた結果です。おかげで私も一太郎などの文書作成ソフトに習熟することなく、気づけばどんな文書であっても Word で作成できるくらい Word に精通するようになってしまいました。一太郎などの他の文書作成ソフトと比べて Word が劣るという意見を耳にすると「それは Word の機能を使いこなしていないからだろう」と決めつけるほどに身も心も Word に染まってしまったのです。

アルファベット圏発祥の Word は、文や文章をツラツラと書き連ねるように文章を作成するという設計思想で、マス目に埋めようとするとひどく難儀します。Word は「スタイル定義による文書構造化」とか「アウトライン機能」など、ワードプロセッシングというよりドキュメントプロセッシングなところが大きな特徴で、書きながら考えるのに適していますし、構造化された文章となるよう心掛けて文書を作成することで「メンテナンスしやすいドキュメント」ができます。その特性を理解したうえで、うまく使いこなせばよいツールだと思います。

今では CMS (コンテンツ管理システム) でコンテンツを作成したり、システムから出力した XML データで翻訳展開をするという手法が広まっていますから、作業データのうち Word 文書が占める割合は減っているかもしれませんが、今でも Word 文書が業界標準的な位置づけであることは変わりません。

Word 文書で納品という需要

実のところ、翻訳事情に限らず、成果物の Word 文書での納品というオーダーは多かったりします。つまり Word が実質 DTP ソフトという位置づけです。

その昔、ソフトウェアが豪勢な箱に収められたパッケージで売られていて、その中には読む気が失せ……もとい、見ただけでワクワクするような「分厚いマニュアル」が同梱されていた遠い昔の当時は、マイクロソフト製品のマニュアルは他でもない Word で作成されていました。ある特定のプリンタードライバーを指定したうえで Word 編集しないと組版の文字詰めを制御できないという、まだ Windows DTP が今ほど普及定着していなかった頃の話です。当時の時点で「がんばればいっぱしの DTP アプリと同等の仕上げにできる」ことを意味します。

そんな Word 文書での成果物の納品を依頼されるのは、クライアントが納品後に何かあったときに自分たちで手直しできるフォーマットだからというのが筆頭の理由です。製品出荷前に制作する取扱説明書という事情で、納期間際とか出荷直前に仕様変更を余儀なくされることもあり、メーカー内部で修正対応したいという事情が大きいので今も昔も一定の需要があります。

Word = DTP アプリ……?

ということで、業務上 Word 文書を扱う作業は当たり前のように日常的に発生します。わざわざ他の文書作成ソフトを導入する必要もないのでマニュアル制作以外の事務的な処理でもやはり Word を使っているのですが、それは脇に置いて業務上の作業データとして Word を使う仕事を「Word 仕事」と呼ぶと、その Word 仕事は制作会社の立場からするとちょっと悩ましかったりします。

ここだけの話、DTP 作業者の大半は「Word は DTP ソフトではない」と思っているのが実情です。高い Word スキルを備えたベテラン社員が、本音では Word 作業は好きではないそぶりだったりしましたから、世の中わからないものです。おそらくですが、本格的な DTP ソフトに精通している本職の DTP 担当者の感覚だと Word を DTP ソフトとして使うのは無理があるというかいろいろ足りないからだと思います。

DTP アプリとして Word を使って作成された文書を、弊社がイチから作るのなら当方の思想でいろいろ配慮して文書を作成しますが、実際には流用元として提供された Word 文書を編集するケースのほうが多くなります。こうなると元を作った人のスキルや思想に左右されるといいますか、マニュアル制作会社の人間としてはなかなか思い悩まされるデータにお目にかかることが多くてですね……。

仕事柄、効率よく文書作成できるような Word 文書になっているのが理想なのですが、いろいろな経路で入手する Word 文書は必ずしもそうなっていないことは多々ありまして、正直に言いますと開いた瞬間にゲンナリと……。ざっと挙げると「文書の見出しや本文の段落に応じて個々のスタイルを作らずすべてデフォルトの標準スタイルにしている」「字下げは段落設定で定義できるのに半角全角スペースで強制的に字下げ」「ただでさえ Word はリストの処理周りがアヤしいのに親子孫ひ孫玄孫になろうかという多階層リストを定義して段々畑」などなどです。

……申し訳ございません、本音が過ぎました。いろいろ言ってしまいましたが、「Word 仕事お断り」ということはいっさいございません。Word 文書に対するネガティブな見解はひとえに Word の酸いも甘いも知り尽くしていることの現れであって、それが日頃の成果に反映されるものと解釈していただければ幸甚です。元の状態を可能な限り維持しながら編集するもよし、カネと時間をかけて「メンテナンスしやすい Word 文書」に昇華するもよし、お客様のオーダーには最大限に応えたいと思います。ご事情に合わせて柔軟に対応しますのでこの類の成果物のご要望がありましたら遠慮なくご依頼ください。

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この記事の執筆者

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Alan SmitheePassage

制作スタッフ

執筆者プロフィール

マニュアル制作会社パセイジのしがない末端社員。マニュアル業界の仕事内容については今も昔も親兄弟や身内からいっこうに理解されていない。中判フィルムによるピンホール写真撮影という勤務先に負けずとも劣らない特異な趣味を持つがあまり撮影できていない。ひょんなことから『4.(シテン)』記事執筆者にまつり上げられ、ない知恵絞りながら記事執筆している。

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