コンピューター業界の片隅にひっそり生息するマニュアル制作会社ならではのニッチでユニークなコトバ使いを解説する連載の第2回目。今回のお題は「UI」です。「ゆう・あい」とお読みください。
インターフェースという壮大でなんだかよくわからない概念
「UI」は「User Interface (ユーザーインターフェース)」の略語です。その言葉が持つ意味はとても幅広く、人によって解釈や理解、関心が異なると思います。人は自分が必要とする領域のみを捉える生き物というのを実感させられるコトバです。
広義には、機械または機構 (ソフトウェア含む) とそれを操作する人間との間に介在する何かを指します。インターフェースによって動かすことが可能になる、というニュアンスを持ちますね。これだとずいぶん漠然としている気がしますが、そこはもう言葉の最初の定義ですから。
実際に話題にするときはもう少し狭義の意味で、ソフトウェアの画面またはそのパーツを指すときに用いることが多いかもしれません。それぞれはボタンとかアイコンとかタブとかそういう「呼び表すときの名前」がありますが、その総称として用いられます。
これがマニュアル業界になるとさらに狭義というかよりいっそうミクロになり、ずばり画面上の文言の類を指すときに用いられます。
マニュアル業界の人間が見るのはひたすら画面上の文字のことばかり
ウィンドウやダイアログボックスのタイトルバーにあるお名前、その中に羅列されるあまたの設定項目のひとつひとつすべて、メニューにズラッと並ぶ項目名、見たくもない何かを告げるエラーメッセージ、そのすべてを「ゆう・あい」と称するのが我らがマニュアル業界です。むしろ文字・テキスト以外の何かを指して「ゆう・あい」と呼ぶことはほぼないと言っても過言ではありません。色とか形状などのパーツデザインをしていないから当然とはいえ、ホントに文字しか見ないという潔さです。
ところで、マニュアル制作会社には、翻訳部門を有して各国版のマニュアル制作をする企業が多いのが実情です。マニュアルもソフトウェアと同様「ローカライズ」つまりその国の言語に翻訳し必要とあらば現地の事情に合わせた独自の修正を施すという業務形態がけっこう古くから存在します。そのローカライズには、ソフトウェアに表示する文字列……つまり「UI」の翻訳も含まれています。
ソフトウェア画面デザインという「インターフェース」を作る部分の一部を負担しているわけですが、開発側としては画面仕様全体を総合的にデザインするのに対し、マニュアル業界はよくも悪くも文字列しか見ません。同じ「UI」なのにひたすら文字だけを「ゆうあい」呼ばわりするようになったのは日常的な業務の対象がそれだけに限定されているからなのかもしれません。
文字しか関知できない立場の悲哀
「文字しか見ない」を換言すれば、「文字以外はどうすることもできない」という限界とか制約を意味するとも言えます。多くの言語にUIを翻訳すると、ひとつの単語の文字数が言語によって極度に多くなったりします。表音文字であるアルファベットを用いる言語はもともと文字数が多めですし、それこそドイツ語みたいにひたすら単語の文字数が多めな言語がありますから、英語のUIの文字数に収まる保証などないといっても言い過ぎではありません。[OK] とか [キャンセル] のように単語でできたUIでも、言語によってはボタンの幅が足りなくなります。単語ではなく文のかたちになっているUIだと、英語UIを基準にして画面設計をしたところに他の言語のUIをアテたら文の途中が切れるということなどザラだったりします。
こういうとき、私どもとしましてはクライアント様に事情を伝えて画面上のUIが載るエリアを広げてもらうしかありません。他方、文字数制限が事前にわかっている場合はその文字数に収まるように翻訳することもあります。あとはその制約に合わせてせっせと文や単語を詰めるしかありません。
こんな具合で、「UI」に対する理解はマニュアル業界では実にニッチなのですが、一般の人にしてみればマニュアル制作会社のようなマイナーな存在固有の事情に基づく定義など知るよしもなく、むしろ一般的な意味での「インターフェース」を想定する人のほうが母集団としては多いと思います。だからなのか、他の業界から弊社に転職して来た人は、ウチの社員が当たり前のように口にする「UI」なる表現を耳にしたときは、その意味がわからずほぽもれなく面食らうのでした。こういうコトバとして知っている語句って、言うほうがあまりにも当たり前のように使うものですから、聞くほうもその意味を尋ねないで済ませがちです。そういえば「ゆう・あいって何ですか」と聞かれたことがなかったような……こんな認識のギャップはいつもいつでも時間が解決してくれるのでした。つまり、そのうち慣れるというか、気づいたらいつの間にか覚えていたということです。このあたりの認識のギャップをすぐに埋めてくれる「インターフェース」はまだ発明されていないのでした。