機械翻訳のちょっと怖い話と翻訳手法の使い分け

前回、前々回の記事で見てきたように、機械翻訳エンジンを使えば翻訳が簡単に、速く、しかも無料でできます。

「機械翻訳、つかえるじゃん!」と、ホクホクしている、そこのあなた! 今回はちょっと怖くなるお話と、その対応策をお届けします。

目次

逆翻訳の落とし穴

前回の記事で、機械翻訳した訳文が正しいか確認する方法として「逆翻訳」を紹介しました。機械翻訳してできた訳文を原文としてもう一度機械翻訳し、元の原文と比べるという方法です。「日本語→英語」「英語→日本語」なら、最初の日本語文と後の日本語文を比べるわけです。両者がほぼ同じなら機械翻訳が正しかったと推測できます。

でも待ってください、本当にそうでしょうか?

前回の記事にも書いたとおり、機械翻訳の結果、原文と訳文が反対の意味に翻訳されることがあります。「○○できる」が「〇〇できない」になったり、「含まれる」が「含まれない」になったりします。

例えば、「日本語→英語」に機械翻訳したときにある文の意味が反対になったとします、さらにその英語を「英語→日本語」に逆翻訳したときに、不幸にもその文の意味が再び反対になったとしたら、いったいどうなるでしょうか?

次の例のように、反対の意味に訳された文が再び反対の意味に訳されて元の意味に戻ってしまったら、当初の「日本語→英語」の機械翻訳結果が正しいとは限らなくなります。

原文部屋の電気が点いていました。
訳文The room lights were not on.
逆翻訳文その部屋の明かりは点いていた。

あるいは、「日本語→英語」に機械翻訳したときに正しく翻訳されていた文が、逆翻訳の結果、元の日本語とは異なる文になったとき、最初の機械翻訳が間違っていたのかその後の逆翻訳が間違っていたのか… 分かりませんよね。

つまり、日本語文同士を比べて内容がほぼ同じだったからといって、機械翻訳後の英語訳が正しいという「絶対の保証」はないわけです。ちょっと怖くないですか?

手のひら返しのようで心苦しいのですが、機械翻訳の仕組み上、「稀にそういうケースもある」ということを心にとめておいてください。

あなたの情報ダダ洩れです

機械翻訳エンジンを多用しすぎると、機械翻訳なしではいられない「機械翻訳依存症」になりがちです。

今までならWebの辞書を使ったりしてなんとかガンバって日本語→英語、英語→日本語の自己流翻訳をしていた人でも、ひとたび機械翻訳の楽さ加減に味をしめてしまうともはや後戻りできないものです。駅のエスカレーターに慣れてしまうと階段を上るのが面倒になってしまうようなものです。

「ほんのちょっとだけだから」「急いでいるから」「これくらい、みんなやっているでしょ」と自分に都合のいい言い訳をしつつ機械翻訳エンジンに頼ってしまうことはないでしょうか?

エンターキーを押す前に、少しだけ冷静に考えてみてください。
機械翻訳に限らず、Webサービスに文章を入力したり、ファイルをアップロードしたりすることは、自分の手元にあるデータを赤の他人に無条件で渡すのと同じです。

その文には何が書いてありますか?会社名、個人名、住所、製品名、開発コンセプトなどが入っていませんか?アップロードしたファイルの中にスクリーンショットや社内で撮った写真が含まれていませんか?

これらの情報が見ず知らずの第三者に渡り、さらに別の人に渡り、さらに…。これはリアルに怖いですよね?

機械翻訳があまりに便利なため、セキュリティ対策に関する意識が薄れつつあるとしたら、今この記事を読んでいる間に落ち着いて「もしかしたらヤバいかも」と考えてみてください。情報漏洩はちょっとした気のゆるみから、いとも簡単に起こるものです。

自分がDeepLに入力した翻訳用文章がDeepL側でどのように扱われるか心配な方は「DeepLの個人情報保護方針」を一読してみてください。
https://www.deepl.com/ja/privacy

「入力済みのテキストおよびアップロード済みの文書ファイルとそれぞれの訳文やテキストの改善内容を一定期間保存します。」と書かれています。

無料のWebサービスを妄信し、安易に使う代償はあまりに大きいのです。ユーザーが入力したデータが収集され保存されることは、DeepLに限らず他の機械翻訳エンジンでも同じです。

機械翻訳と翻訳者(人間翻訳)の使い分け

正確を期する文書を翻訳するときに、こうしたリスクに無頓着であると、大きな損失をこうむる可能性があります。安い、速いといった機械翻訳のメリットは魅力的ですが、重要な文書の翻訳には時間とお金をかけてでもプロの翻訳者に翻訳を依頼する勇気が必要です。

コスパ重視の機械翻訳で済ませるか品質重視の翻訳者にお願いするかで迷ったときは、その翻訳結果が会社のイメージを損ねるか否かを判断基準にしてみるとよいでしょう。

例えば、情報共有のための英語資料(海外事情、業界動向など)や社内向けの日本語資料(社内規定類、業務マニュアルなど)を翻訳する場合、多少言い回しが不自然だったり社内用語が統一されていなかったりしても、大まかな内容を伝達するには差支えないことがあります。内容を把握したり部署内で回覧したりする目的で対象読者が限定されている文書なら、機械翻訳エンジンを使っても会社のイメージダウンにはつながりません。

一方、会社のホームページ、プレスリリース、製品マニュアルなどは公式に外部に発信する情報のため、間違いのない高度な翻訳品質が求められます。文書内容と読み手を考慮してふさわしいトーンで翻訳しないと、企業イメージやブランドイメージが失墜することすらあります。

いいとこどりの「ハイブリッド翻訳」

とはいえ、外部に発信する情報であっても、リリースまでの時間的余裕がないケースなど、よくありますよね。そこで登場する救世主が「ハイブリッド翻訳」です。機械翻訳しっぱなしの危なっかしい訳文にプロの翻訳者が手を入れて誤訳を修正、用語と表現を統一してキチンとした文章に仕上げるというわけです。

機械翻訳の訳文に手を加えて人間翻訳レベルに仕上げる作業を「ポストエディット」と呼びます。英語のPost-Editingを略してPE(ピーイー)と呼ぶこともあります。

機械翻訳後の翻訳文を翻訳者がPEする作業工程を翻訳業界ではMTPE(Machine Translation Post-Editing)と言います。翻訳会社の担当者と打ち合わせる時などに「この文書ファイルをMTPE(エムティピーイー)した場合の納期と金額は?」とさらりと言うと業界ツウぶることができますよ。

機械翻訳エンジンの圧倒的なスピードとプロの翻訳者による高品質なポストエディットの合わせ技、つまりMTPEこそが機械と人間が協働して成し遂げる「ハイブリッド翻訳」です。ハイブリッド翻訳は、その名の通り「混合」「掛け合わせ」「あれもこれも」「いいとこどり」な手法と言えます。

大量ボリューム、たとえば100ページ以上にも及ぶ製品マニュアルを翻訳する場合、翻訳者が普通に翻訳すると何日もかかりますが、機械翻訳を採用することで翻訳時間を大幅に短縮できスケーラブルメリットが高まります。 機械翻訳された訳文を翻訳者がポストエディットすることで、翻訳のスピードにクオリティが加わります。この両者の協働こそがハイブリッド翻訳の真骨頂なのです

ハイブリッド翻訳の苦手分野

ハイブリッド翻訳が機械翻訳と人間翻訳の合わせ技とはいえ、残念ながら苦手分野は存在します。    

例えば、キャッチーなフレーズでユーザーの購買意欲をかき立てるような商品カタログの場合、翻訳対象となる文章量があまりなく、機械翻訳を採用しても時間的メリットはほぼありません。むしろ、商品のコンセプトを考慮しユーザーの心理を突くようなクリエイティブな表現や慣用表現で訳文を仕上げるにはやはり生身の翻訳者の手腕が不可欠です。

また、原文の主語や目的語が省略された不明瞭な文章の場合、行間を読むような解釈をしない機械翻訳エンジンは表面上の直訳をするか支離滅裂な訳文を生成することがあります。これをポストエディットで修正してブラッシュアップするには限界があります。機械翻訳の品質があまりに低いと、訳文の修正に多大な手間がかかり翻訳者がポストエディットするよりも一から翻訳し直す方が早いことすらあります。

ハイブリッド翻訳は時間的メリットと品質的メリットを合わせ持つ画期的な手法です。

しかし、適用の仕方を誤るとどちらのメリットも見いだせないというケースもあります。機械翻訳を使用せず最初からプロの翻訳者に翻訳をお願いする方が早く安く翻訳が仕上がることがあることを覚えておいてください。

究極の翻訳手法は今でも人間翻訳

これまで見てきたとおり、機械翻訳のメリットは時間の節約ができることです。翻訳者が何日もかけて翻訳せざるを得ない分量をほんのわずかな時間でたちどころに仕上げてしまいます。

速く翻訳が仕上がる反面、正確性に難点があります。一見正しく翻訳されているようでも意味不明な文だったり、訳文が抜けていたりします。機械翻訳は平気で間違える、間違えても平気でいるのが実態です。

一方、人間翻訳には時間とお金がかかります。しかし、翻訳者は原文の意味を正確に理解し、専門的な知見を加味して、訳文の読者に向けた表現で翻訳することができます。

両者の折衷案がハイブリッド翻訳です。端的に言えば速くて正確な翻訳を得る手法です。機械翻訳で翻訳の所要時間を大幅に短縮し、翻訳者によるポストエディットで品質を担保するアプローチです。近年は「AI翻訳」という言葉が先行しており、AIで翻訳すれば一瞬で完璧な翻訳ができるかのような風潮がまん延しているような印象を受けます。

今こそ落ち着いて考えるべきは、機械翻訳か、ハイブリッド翻訳か、人間翻訳かを目的と用途に応じて使い分けることです。

もしあなたが機械翻訳だけでは心もとない、かと言って翻訳会社に翻訳をお願いするにはどうすればよいか分からないのでしたら、まずはクレステックにお気軽にご相談ください。 詳しく状況をお聞かせいただいた上でお見積書を発行いたします。お見積りは無料ですのでご安心ください。

まとめ

いかがでしたでしょうか。機械翻訳の便利さは誤訳やセキュリティ問題と表裏一体ということがお分かりいただけたと思います。便利だからと安易に機械翻訳に頼るのではなく、コンテンツ、ボリューム、目的、用途によってはプロの翻訳者に翻訳をお願いすることも必要になります。

機械翻訳エンジンの効果的な使い方は今回でおしまいです。 次回はおまけ的なネタとして、機械翻訳エンジンがどのようにして翻訳っぽいことをしているのかが分かるように機械翻訳の仕組みについてお伝えします。お楽しみに!

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この記事の執筆者

Nobu-sanのアバター

Nobu-sanCRESTEC

ローカリゼーションアドバイザー

執筆者プロフィール

これまで翻訳手配した言語は 50以上。翻訳業界のトレンドチェックとランチのはしごを難なくこなす稀有なアラカン。国籍、年齢、性別を問わず友人多数の自称コミュ障。
学生時代にお世話になったホストファミリーとは40年も交流を続けています!

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