マニュアル業界用語解説「キャプション」とは?

コンピューター業界の片隅にひっそり生息するマニュアル制作会社ならではのニッチでユニークなコトバ使いを解説する連載もこれで第 4 回目。今回のお題は「キャプション」です。広くは映像の世界でなじみのある言葉も、当業界だと極めてニッチな使われかたをします。

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もともとは写真や絵のそばにある説明文

そもそもの「キャプション (caption)」は、「写真、絵に添える説明文」を指す言葉です。もう少し狭義に、映像のタイトルや字幕を指すこともあります。

書物に掲載されている挿絵や写真の下にそのカンタンな解説文が載っていることがありますが、その文が「キャプション」です。図や絵という非文字の情報を言語情報で補足する、という役割のものだと思います。

美術館に展示されている絵画や写真の下に、その展示物のタイトルや作者、解説を記述した掲示物があります。「キャプションボード」というそうです。

映像業界では、字幕やテロップが「キャプション」の別表現となります。聴覚障害を持つ人のためにテレビ放送の映像に用意された補足的文字情報である「クローズドキャプション」がそのものズバリ「キャプション」という言葉を用いていますが、それとは違って常に表示されっぱなしの文字情報は普通に字幕とかテロップと呼び示すと思います。字幕も英語だと「スーパー」だったり「Subtitle」と呼ぶほうが一般的かもしれませんが、それらがキャプションと同義と考えてよいです。

図説の中のテキストしか眼中にないマニュアル業界

さて、当マニュアル業界。

マニュアルには、説明のための文 (本文、見出し) のほかに、非文字情報である図やイラストが載っています。その図やイラストの周囲にテキストを配置して情報を言語的に明示することがあります。

典型例は各部名称のイラストです。製品イラストの特定の部位に引き出し線をつけ、その端に配置してその部位の名前や機能を示す語句を置くことがありますが、この文字全般を「キャプション」と呼んでいます。つまり、説明対象のテクニカルイラストの各部の名称またはその機能説明のどちらかまたは両方を、その各部と引き出し線で対応づけた場合のそのテキストを指すわけです。

前述した一般的な用法はどこ吹く風。マニュアル業界ではイラスト上のテキストは何でもかんでも「キャプション」です。「図中文字」とでも呼ぶほうがずっと妥当な気がするのですが、そんな漢字表記はかったるいのか、みんなこぞって「キャプション」呼ばわりしてやみません。

わかりやすさと効率化のはざまで

イラストはそれひとつで単体のイラストデータとしてつくられており、DTP アプリで編集中のテキスト部分に配置されます。このときイラストのキャプションの処理方法がいくつかあります。イラストデータに含めるか DTP のテキストとして扱うかの違いです。細かく説明すると下記 3 つに大別されます。

  • イラスト上のキャプションはイラストデータに含めるが、数字など万国共通の文字に限定する。説明文・語句はキャプションにせず本文中に載せる。
  • イラスト上のキャプションはイラストデータに含める。
  • イラスト上のキャプションはイラストデータに含めず、DTP のテキストとして配置する。引き出し線は原則としてイラストデータにつけるがこれも DTP アプリでつけることも可能。

方法はこのとおり複数ありますが、多言語展開が必要なマニュアルの制作時は断然「1.」と「3.」の方法が望まれます。「1.」と「3.」の方法では、翻訳に回すデータは DTP テキストのみですが、「2.」の場合はそれとは別にイラストのキャプションの翻訳という処理が発生します。イラストデータからキャプションのテキストを抜き出し、Excel か何かに張り付けて翻訳に回し、翻訳が上がってきたら今度は全言語分のイラストデータを用意して各言語のキャプションを差し換えて回る……何だか書いているだけで軽く気が遠くなってきました。

製品のグローバル化が一般化した現在では、製品が世界の多くの国に出荷されますので、それに応じてマニュアルの対応言語数も多くなります。イラストの文字の載せ替えも 1 言語くらいならともかく、30 言語にもなると手間と時間も 30 倍ですからたまりません。工数に対する対価と時間が確保できるなら頑張れますが、日程はいつも短期決戦だし、製品というのは常にコスト削減を求められますからマニュアルもまた潤沢なカネをかけられるはずもなく、より安価ならそのほうが望まれるという宿命です。

もっとも、イラストも立派にマニュアルのコンテンツの一部としてその説明のわかりやすさを左右する重要な要素ですから、イラスト上の文字情報を視界に入れたときに説明が成立しているほうがわかりやすさの品質は高くなるかもしれません。だからカネと時間に糸目をつけなくてよいのなら説明のための文字情報を丹念に仕込んだイラストをあつらえたビジュアル重視のマニュアルを作るというのが、とても手間はかかるけど一度は手掛けてみたいマニュアルの姿です……が、その機会に恵まれないまま現在に至ります。わかりやすさと効率化のはざまで、ついつい効率化を優先し過ぎる日々ですが、度を越して「作る側の都合」に陥らないように自戒したいと思います。

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この記事の執筆者

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Alan SmitheePassage

制作スタッフ

執筆者プロフィール

マニュアル制作会社パセイジのしがない末端社員。マニュアル業界の仕事内容については今も昔も親兄弟や身内からいっこうに理解されていない。中判フィルムによるピンホール写真撮影という勤務先に負けずとも劣らない特異な趣味を持つがあまり撮影できていない。ひょんなことから『4.(シテン)』記事執筆者にまつり上げられ、ない知恵絞りながら記事執筆している。

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