BtoBの製品やサービスにおいても、マーケティング、プロモーション、ユーザーサポートなど、様々なコミュニケーションにデジタルメディアを活用することが当たり前になった昨今。
ユーザーの情報収集と企業の情報発信の現在地を改めて確認し、AIを使った調べ物が主流となったこの先のデジタルコミュニケーションについて考えます。
ヒトの情報収集とn次情報の発展
発信者が膨大に増えた2000年代
ブログやSNSの登場により、誰でも簡単に情報を発信することができるようになりました。
それまで情報を広く世に出せるのは、マスメディアと、自社サイトを構築できる企業だけでした。そこに個人が加わったのが2000年代中盤から後半にかけての変化であり、この変化により発信者の数が増えただけではなく、情報に「階層」が生まれました。
一次情報とは、当事者が発した情報のことです。製品やサービスを作った会社が出した仕様書、現場にいた人の証言。それを誰かが編集したものが二次情報、さらに編集したものが三次情報、こうして四次、五次と続き、やがて出所を辿れなくなる。本記事ではこれらをまとめて「n次情報」と呼びます。
BtoBの領域でも、業界メディア、比較サイト、代理店のメディア、個人の技術ブログや検証コンテンツ、インフルエンサーの発信といった、多彩な層がこの20年で分厚く積み上がりました。
SEOのためのコンテンツの発展
WEBサイトは多くの情報を有する方が検索エンジンの評価も高く、またユーザーの調べ物ニーズにマッチしたコンテンツを制作することが、WEBサイトへの流入の起点となることから、記事コンテンツなどの制作に各社が力を注ぎ、分かりやすく良質なコンテンツが増えました。
かつて、n次情報は劣化コピーでした。又聞きを重ねるほど情報は痩せ、歪む。だから人は自然と「元をあたろう」と思ったのです。
いまは、そうではありません。
メーカーが公開している製品仕様書と、比較サイトがまとめた一覧表を並べたとき、正確なのは前者ですが、解りやすさや有益性においては後者が選ばれることが少なくありません。
n次情報は、ヒトにとって読みやすく、親切なものへと発展したのです。
信頼でき、理解もしやすい「知人フィルタ」
第三者の評価を参考にした方が、より確かな判断となるという考え方による一面もあります。実際、それは合理的です。売り手の説明だけを聞いて決めるより、使った人の話を聞いたほうが確かである。導入事例が重視されるのも、同じ理由によります。
二次・三次といった情報のクオリティの高まりと並行し、ユーザーの情報収集もこれを当たり前とする時代に変化しました。
丁寧にまとめられていて、知っている人が薦めている。 これが現在の「信じられる情報」の標準的な条件です。そして発信する側もそれを意識し、最適化してきました。
ジブンナイズされたタイムラインの
心地よさとその危険性
日頃の情報収集はタイムラインでフォロワーの発信をチェック
日々いろいろなWEBサイトを巡って情報収集するスタイルから、関心のあることをフォローすることで全てタイムラインに並ぶ世界になりました。
業界の人をフォローしているタイムライン。毎朝届くメールマガジン。同業界の知人とのチャットや会話。日常的な情報収集は、こうした方法が大きな割合を占めるようになっています。
かつては「どこを見に行くか」を自分で決める必要がありました。その手間が、フォローという一度の操作に置き換わった。とても効率的ですが、何かを調べようとして見ているわけではなく、流れてくるものを眺め、気になったものだけ拾うという受け身の行為でもあります。
発展したタイムラインの危険性
タイムラインの表示制御が巧妙化し、閲覧時間やクリック(タップ)反応を分析し、より高度にユーザーの関心を分析し、レコメンドを加味したタイムライン表示が行われるようになりました。「あなたはこの投稿に反応するはずだ」とタイムラインが判断して差し出してくる動きです。
これに対して最近感じている(人からも聞く)のは、自分の関心=世の中の大半という錯覚に陥ることです。実際には少ないかもしれないが、似た傾向を推薦して表示されるので多く感じるという事です。
また、「自分の関心のない記事に触れる機会の減少=示唆を得る機会の消失」と捉えると、実務にも影響を及ぼす懸念を感じます。
企業における情報発信の現状
企業のWEBサイトは複数部門のオーケストレーション
さて、論点を情報の発信側・企業側に移します。
企業のWEBサイトを運営するには、広報、マーケティング、情報システム、そしてプロダクト開発(サービス開発やブランド開発も含みます)、さらにユーザーサポートといった部門の、多岐にわたる関係者が介在します。
そしてどの部門にもそれぞれの目標があり、WEBサイトで実現したいことは異なります。
- 広報:企業としての信頼を守り、社会との関係を築きたい
- マーケ:リードを獲得し、商談につなげたい
- 情シス:安全に、安定して、統制の効いた状態で運用したい
- 開発:製品やサービスの価値を正確に伝えたい
- サポート:問い合わせを減らし、既存顧客の満足を保ちたい
どれも正しい目標です。
そして、しばしば衝突します。マーケティングは資料ダウンロードのフォームを置きたい。サポートは、フォームなしで誰でもマニュアルを読めるようにしたい。広報は統一されたトーンを保ちたい。プロダクト開発は、技術的な正確さを削られたくない。
目的ごとにサイトを分けたり、階層を分けるといった「整理」が、世の中でよく取られている手段であり、有効である事は間違いありません。これは企業の体制・文化・商材によるところもあるのでこの記事では深くは触れませんが、大切なのはこれら全てがリンクし、全てが公式な情報であると認識される事だと考えています。(理由は次章にて)
大事なプロダクトのこと、人任せにしていませんか?
製品情報の更新は、誰の仕事になっていますか。
多くの企業で、答えは「WEBサイトの主幹部門」広報かマーケティングの担当者というケースが多いです。プロダクト側は情報を渡し、あとは主幹部門が形にする。
この分担は長く機能してきました。読者がヒトだった時代には、伝わりやすさの設計が最も重要だったからです。
しかしこれからの時代、プロダクトオーナーの持つ、公式な、正式な情報を発信することが重要であると考えています。 端的に言うと、読者が変わったからです。
もちろん、上記の各部門で実現したいゴールはそれぞれ叶える必要があります。これは「プロダクト部門が主導権を取るべき」という縄張りの話ではなく、いままで「渡して終わり」だった情報について、プロダクトオーナー自身が発信者としての責任を持つという、役割の追加です。
自社製品について、何ができて何ができないのか。どの環境で動作が保証され、どこからが対象外なのか。いつサポートが終わるのか。なぜその仕様にしたのか。
これらを確かに知っているのは、世界で一社、しかも社内の一部門だけです。
ヒトに代わってWEBサイトに訪れるAI
情報を集め、比較検討し、ユーザーにおすすめするのはAI
これからの時代、WEBサイトに訪れるユーザーはAIが多くなっていくでしょう。
すでにそうなっているデータもあります。ある調査では、インターネット上のトラフィックのうちボットが53%、人間は47%。自動化された読み手が、人間を上回りました。
ビジネスマンの行動も変わりました。ビジネスシーンでのAI検索利用率はこの2025-2026年で約3倍に伸び、検索行動の4分の1近くが、どのサイトも訪れずAIの回答だけで完結していると言われています。
そして注目すべきは、そのAIが信頼するのは公式情報だということです。
一般生活者の話題について、AIが引用するドメインの上位には、動画サイトやブログサービス、Q&Aサイトといった顔ぶれが並びます。一見すると「誰かの感想が公式を押しのけている」ように見えます。ところが、業種別に見ると景色が変わります。ある分析によれば、BtoBのソフトウェア領域でAIがブランドについて語るとき、引用元の8割以上が提供企業自身のサイトでした。
イヤホンの音質や、ファッションアイテムなどは、個人の感想が重要な判断材料になるかもしれません。しかし業務に関わるシステム機械・設備は、誰かの体験談では代替しきれず、仕様やスペックを詳細に確認することになるでしょう。
AIは面倒くさがらずに膨大な詳細情報をインプットし、そして主人であるユーザーに適したアウトプットを提供します。
AIの「読む」速度はヒトの何倍?
AIはヒトとは比べものにならないほど速いスピードでドキュメントを読むことは、皆様お察しでしょう。
ヒトが1ページを読むのに数分かかるところを、AIは1秒で何十ページも処理します。「量が多いから読まれない」というヒトに対する理論が崩れます。
そしてここから導かれる結論は、はっきりしています。
ヒトのために要点を絞り、専門用語を噛み砕き、読みやすく整えたコンテンツ。それは今後も必要です。しかしヒトをターゲットとしたコンテンツだけでは不足していると考えられます。
細かな仕様の一覧。型番ごとの対応表。制約条件。動作環境。過去バージョンとの差分。マニュアルの全文。既知の不具合と回避策。サポート終了の日付。ヒトなら「こんなに読まない」と判断して省略してきた情報を、AIは読みます。そして、質問されたときに使います。
逆に言えば、省略した情報について、AIは答えられません。 代わりに、どこか別の場所にある推測や古い情報で埋めます。
改めて見直す一次情報の価値
AIの評価軸における「公式性」
公式情報としてどれだけ丁寧に情報を提供しているかが、AIにとって評価の大きなポイントとなると考えています。そこで、「公式性」とは何か?少し具体的に定義しておきます。単に自社ドメインに置いてあることではありません。
① 発信主体が明確であること。
誰が責任を持って言っているのかが分かる。製品の責任を持つ主体として書かれている。
② 詳細まで揃っていること。
概要だけでなく、条件、例外、制約まで書かれている。「最大100台」ではなく「最大100台(標準構成時/2026年4月現在)」。AIは条件を落として引用しますから、落ちて困る条件は数値と同じ文のなかに書く必要があります。
③ 更新され続けていること。
3年前に更新が止まった情報は、公式であっても公式として機能しません。AIは、日付のないページを平気で「現在の仕様」として引用します。
この三つが揃った情報を、AIは信頼します。なお、もちろんヒトも、まったく同じ条件で信頼します。 AIに向けた対応と、ヒトに向けた誠実さは、対立しません。
もうひとつ、AI時代に価値が上がったものがあります。責任です。
企業の名前で出た情報は企業の情報です。またこの企業の、どの部門の、どんな立場の人物が発信した情報なのか?この責任の所在が、AIの判断基準においても重要であり、またAIがまとめた情報を受け取るヒトにとっても、高い価値のあるポイントになるでしょう。
データだけではなく、ルーツや想いを込める
先ほどの話だけをすると、単にAIに向けて膨大な情報を掲載しておけば、ヒトは見なくてもAIは見てくれる・・・そう思われるかもしれません。すでにAIは、そこまで単純ではありません。
AIは、オーナーであるヒトのあらゆるステータスを考慮します。勤務先の業種や規模、職種や立場、困っていること、技術レベル、プロジェクトの予算感。そして「このヒトならどう考えるか」を高速で処理して回答します。
つまりAIがやっているのは、スペックの照合ではなくマッチングです。「性能が最も高い製品はどれか」ではなく、「このユーザーのこの状況に、いちばん合うのはどれか」を答えようとしている。
ここで、数値だけを並べた情報の限界が見えてきます。処理速度が速いことは分かる。でも、それが誰のためのものなのかは分かりません。
どんな現場を想定して設計したのか。開発中に何を優先し、何を捨てたのか。なぜ、この製品を作ろうと思ったのか。これらはスペックではなくコンテキストであり、AIはこれを使ってマッチングの精度を上げます。
「専任の担当者を置けない小規模な現場を想定して設計した」と書いてあれば、AIはそういう相談者にあなたの製品を薦めます。書いていなければ、機能の数で比較されて終わります。
理念やルーツは、AI向けの施策ではありません。本来、ヒトに伝えたくて書く文章です。ただ、いまはそれをAIが運んでくれるようになりました。そしてこれは、誰にも代筆できない一次情報です。競合も、メディアも、AIも創作できません。
「AIセントリック」という考え方
一度、AIに自社製品・サービスについて質問してみてください。
返ってきた答えが、いまAIがあなたの製品・サービスについて知っていることです。
おそらくAIの回答は、いくつか間違っています。
そしてもっと多くのことが、そもそも語られていないはずです。
その空白は、誰かが悪意で作ったものではありません。ただ、書かれていなかっただけです。
労働力人口が減少する日本において、ヒトのそばにAIが介在し、作業だけでなく意思決定をするシーンはますます増えるでしょう。
伝える対象が変わり、伝え方についても考える時期であると、私は考えています。

