製品の構造や使い方を「見てわかる」ように伝える──それは、マニュアル制作の現場において常に求められる要素です。その中で、複雑な機構や作業手順を一枚の図で正確に、しかも直感的に示す手法として長く活用されているのが「アイソメトリック(等角投影図)」、通称アイソメ図です。
なんとなく知っているけど、誰かに説明できるほど詳しくは知らないアイソメの世界。本記事では、マニュアル内のイラスト制作を担当するイラストレーターの立場からひも解いてみたいと思います。
ようこそ、アイソメの世界へ。
そもそも“アイソメ”とは?
平面なのに立体に見える不思議な図法

一つのイラストで多くの情報を伝えることが可能
アイソメの特徴は、一言で言うと「平面なのに立体に見える」ことです。
「それってどういうこと?」と早速ここでつまずいてしまう方もいらっしゃるかと思いますので、少しずつひも解いていきます。
下記の二つの図はどちらもアイソメを活用したイラストです。
奥行きや高さを持つ三次元の物体を、立体感を保ったまま二次元の紙面やデジタルの画面に表現する際に重宝される表現方法の一つです。


「アイソメトリック(isometric)」は、直訳すると「等角投影」と呼ばれる図法です。
図の中では、縦の線はそのまま垂直に、横方向は左右それぞれ30度の角度で描かれ、3方向がすべて等しいスケールで表現されます。

遠近感を排除することで、情報の歪みが少なく、見る人にとって構造を正確に把握しやすいという利点があり、アイソメの図法を使ったイラストがマニュアル制作の現場で活用されています。複雑な機構や作業手順を「一目でわかるように伝える」ことが求められる現場では、その難題を解決する手法として重宝されています。
アイソメが生まれた背景
アイソメが誕生した背景には、「立体物を正確に、かつ分かりやすく表現したい」という実用的なニーズがあったと言われています。19世紀後半にはすでに機械工学や技術教育の場で用いられ、20世紀にはJIS(日本産業規格)などでも標準化されました。

製図用アプリケーションやCADソフトには、ほぼ必ず「アイソメ作成機能」があり、平面図から立体図に変換する計算を自動で行ってくれます。
私が取得したテクニカルイラストレーション技能士の資格認定試験でも立体図作成の問題にはアイソメが用いられています。図面ではイメージしにくいものを立体視させ、情報を分かりやすく伝える。マニュアルの本懐と言えます。
アイソメとパースの違い
つい混同しがちなのが、立体的な図のもう一つの代表格となる「パース図(透視図)」です。アイソメ図とパース図。この二つの表現方法の違いを考えてみます。
パース図は、遠近法を用いてリアルな奥行きを表現しますが、手前のものは大きく、奥のものは小さく描かれるため、正確な寸法や構造を伝えるには不向きな場面があります。また、アイソメ図に比べて作図に時間がかかるケースも多くなります。

一方で、アイソメはすべての辺が等しく描かれるため、デフォルメがなく、1枚の図で全体像を把握しやすいのが特徴で、寸法の比較や構造理解に向いています。複雑な説明が多い機器のマニュアルで、アイソメ図が好まれるのはこの利点があるためだと言えます。
- 精密さを求めれば、平面図を並べた「正投影図」
- 視覚的なリアリズムを求めれば、人間が見る景色に近い「パース図(透視投影図)」
- 実用と見やすさのバランスを取るなら「アイソメ図(等角投影図)」
どうしてアイソメが選ばれるのか?
理解が深まってきたところで、アイソメがマニュアルや製図など技術情報を扱う際に重宝される理由についても整理してみたいと思います。
モノをどこに配置してもパースが狂わない
消失点が無いアイソメの性質上、部品(モノ)をどこに配置しても遠近感が狂いません。よく耳にする「パースが狂う」という事象が発生しません。

左側の図では、図の中のどこにパーツを移動しても遠近感が狂わず、手前のボルトと奥のボルトの大きさが同一に見えるかと思います。
マニュアル制作目線では、実はとても大切な要素で、レイアウトの都合によってパーツの配置を変更しても作業が増えない点はメリットと言えます。パース図でパーツの位置を変更すると、ゼロベースでパーツを描き起こす必要が出てきます。
情報に優劣が付きにくい(すべてが等しく見える)
上記のアイソメの図では、3つのボルトが同じ大きさ、同じ角度で並んでいるため、同じ種類のボルトが3つ必要で、かつ等間隔に締め込む必要がある点を理解しやすいのではないでしょうか。
作業や操作の手順、部品の構成などを説明する際、情報の重要度に優劣がつきにくい、という点はユーザーの理解度にも大きな影響を与えています。
仮に遠近の表現が入ると、同じ部品と認識できるか否かにばらつきが生じる可能性が出てきてしまいます。
共通性/汎用性の高さ
別のメリットとして、等角表現による作図のしやすさがあります。軸が等角のため60度ずつ回転させることで、一つのイラストを様々な向きで使用できます。

ここだけの話、ボルトなどのショートパーツは素材として使い勝手が良いので、描き手にかかる負担を圧縮できるケースもあります。イラストレーターごとに自分のショートパーツマスターを用意し、効率化を図っているのではないでしょうか。

一方で、視点が固定されることで単一的な表現になりがちな点、奥行きの強調がしにくい点などデメリットもあり、陰影表現などを用いてわかりやすいイラストの作成を目指しています。
広がるアイソメの世界
ゲーム、建築、UIデザイン…広がる活用範囲

アイソメは、視認性の高さとデザイン的な美しさから、マニュアル制作や製図分野だけではなく、近年はゲームやアプリのUIデザイン、Webのインフォグラフィックなど幅広い分野で活用が進んでいます。
こうした用途の広がりの背景には、「情報を視覚化したい」というニーズの高まりがあります。3Dのように見えるのに制作が比較的容易で、コストや手間を抑えながら立体感を演出できる点が評価されています。
厳密にはアイソメとはいきませんが、大昔の屏風図などにも消失点のない投影図が使われていました。大規模な俯瞰図を描くにあたり、等角投影が効果的であると“業界“では認知されていたのかもしれません。

(https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/00673/)
アイソメ図は、「正確さ」と「わかりやすさ」を両立するために生まれ、時代や分野を超えて活用されてきた視覚表現とも言えるのではないでしょうか。
アイソメをどう生かすか
製品の内部構造などを示すアイソメ図は、分解図の代替として高い情報量を持ちつつも直感的に理解しやすい利点があります。また、作業手順の説明にも向いており、「見るだけで理解できるマニュアル」の実現にも近づけます。
近年では、アイソメ図をアニメーション化したものも登場し、Webマニュアルや操作ガイドのデジタル化に対応する事例も出てきています。視覚情報の力を最大限に活用することで、ユーザーの体験を向上させる手法としてますます活用が進んでいくでしょう。
メリットだらけに聞こえますが、パースのある絵が向いている場面ももちろん存在します。場面にあった描き分けと作業効率で適切な図法を選ぶことが大切です。
受け手にとって、なぜか違和感がなく、直感的に見やすいと感じるアイソメ。
皆様に、アイソメの魅力、不思議さが少しでも伝わっていると幸いです。マニュアルやデザインに「アイソメ」。ご興味がある際は、ぜひ弊社までご相談ください。