安全とリスク

日々暮らしや仕事という行為の中で「リスク(危害)」は常に潜在していますが、当然世の中に溢れているあらゆる製品にリスクがある事も、読者のみなさんはすでにご存知だと思われます。

私たちは、製品の利益とリスクを無意識のうちに天秤にかけながら製品を購入や使用しています。その天秤がくずれると、想定外の結果が生じ、大怪我や故障・破損などの損失を出してしまいます。 今回は、日々の暮らしや仕事の中で、想定外な結果を少しでも減らせるよう「安全」と「リスク」についてお話します。

目次

1.安全とリスク

安全とは何でしょうか? 日本語としては、

危害または損傷・損害を受ける恐れの無いこと。危険がなく安心なさま

スーパー大辞林3.0 版 三省堂

人とその共同体への損傷、ならびに人、組織、公共の所有物に損害がないと客観的に判断されることである。ここでいう所有物には無形のものも含む。

文部科学省 「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」 報告書 2004年4月

とありました。定義を読むと、「当然だよね」と思います。製品だけでなく行為や事象においても「安全」の意味はみなさん、わかってらっしゃいます。では「安全の意味をわかっている」から、「リスク(危害)」はゼロになるのでしょうか?

よく考えてみると、一人ひとりは「安全」という言葉を客観的に理解できても、実際の世界では、各個人の年齢や経験値・身体能力などによってその製品や事象への安全性の認識が異なったり、製品仕様や目的・使用環境、行為が発生する条件によっても安全性が変わってくることが多々あります。というよりも、そういうあらゆる認識の違いや異なる条件、さまざまな物や事象が発生するのが現実社会だと思います。

そういった人の認識、製品や条件の違いにより「安全」という共有認識の具体的な内容が異なることによって、リスクが発生する可能性もありませんでしょうか?「安全」とはと、一言で言えるわかりやすそうな言葉なのですが、思ったよりも、製品や行為の個別の安全を考えると全員一致の共有認識にはなりづらいようです。そうすると絶対的な安全(=ゼロリスク)は存在しないのではないかと考えてしまいます。

だからといって「リスクがあっても仕方ないよね」というわけにはいきません。かわいい子どもたちが怪我をしてしまったり、大切な物が壊れてしまったり、という残念なことはできるだけ回避したいところです。

そこで製品については、まずは「リスク」を踏まえた上で定義付けをした「安全」の内容を紹介させてもらいます。
国際標準化機構ISOと国際電気標準会議IECが、機械や電気などの幅広い分野の規格に、安全に関する規定を導入するためのガイドラインを発行しています。

ISO/IEC GUIDE51 Safety aspects — Guidelines for their inclusion in standards

このガイドラインでは「安全」は次のように定義されています。
Safety(安全):Freedom from risk which is not tolerable
※日本語では、「許容不可能なリスクがないこと」となります。

この定義によれば「許容可能なリスクの存在はある」という事になります。リスクというのは「許容可能」から「許容不可能」という範囲があり、許容度はその時代の社会の価値観に基づいて変動するという考え方を取り入れられています。
そのため、「安全」とは許容可能なリスクが存在している、という理解にもなってきます。
はさみや包丁を思い浮かべると「許容可能なリスク」がイメージできるかもしれません。

2.製品リスクアセスメント

「1.安全とリスク」で、許容可能なリスクという考え方をお伝えしましたが、では、その「許容可能なリスク」をどうやって定めていけばよいのでしょうか?

現在では許容可能なリスクへの安全対策として、日々、製品を製造されているメーカーさんは、新しい技術を取り入れながら安全な設計・製造に絶え間ない努力をしてくださっています。また各国や国際機関による安全設計への標準化(規格基準)・ルール策定、官公庁などによるヒューマンファクターに対するガイドライン作成や、学校や専門機関でのレクチャー・教育の実施、メーカーさんによる製品安全の表示や取説などによって情報展開されています。

その設計や製品情報の展開という安全対策にあたっては、「製品リスクアセスメント(分析)」の規格があります。

ISO 12100:2010
Safety of machinery — General principles for design — Risk assessment and risk reduction
機械類の安全性−設計のための一般原則− リスクアセスメント及びリスク低減

この規格は、EUではEN規格としてCEマーキング制度での規則や指令にも紐づけられています。産業機械に対しては日本国内では労働安全衛生法によってこのリスクアセスメントは努力義務となっています。
(ここでは法律での強制・義務といった観点の是非はおいておきます。)
この規格では、製品機械の安全を達成するようリスクアセスメントについて規定しています。

リスクアセスメントの大きな手順としては、図のような流れとなります。

  1. 製品類の定義(製品条件)の明確化:仕様、製品の目的、対象者、制限事項
  2. リスク(危険源)の洗い出し
  3. リスク評価
  4. リスク低減(安全対策):製品設計の改善、安全な部品選定、残留リスクとなった場合の安全警告表示・文言の表示

リスクは「許容可能」と「許容不可能」がありますが、そもそもリスクとは「危害の程度」「発生確率」が組み合わさったものというのが前述の「Guide 51」の定義です。
危害が何によってもたらせられるのか、危害の元となる危険源をピックアップしながら、危害の程度や発生確率をもとに見積評価していきます。
基本的には、製品はまず「許容不可能」なリスクは排除できるよう設計したり、材料や部品選定をすることになります。
その安全設計への努力を、技術者さんが技術の進化や設計開発で日々奮闘されているわけです。ただそういった危険を検討するにあたっては、その前段階で重要な観点があります。製品の前提条件によってリスク範囲を定めることです。

3.製品の前提条件

リスクアセスメントは、製品が「許容できるリスク」内で安全を達成することをゴールとしますが、まず重要なのは、製品の定義付けとなります。
なぜなら、製品の定義や条件が定まっていないと、「許容可能・不可能」といった範囲も定まらなくなってしまうからです。

例えば、はさみをイメージしてください。はさみは元来非常に危険をはらんだ製品です。そのはさみを扱う人間は、同じ種類の生き物だからといって、認識や認知が必ず一致している存在ではないのは想像できるかと思います。「人間は間違えるもの、誤用など取り扱いを間違える・失敗するもの」なのです。その人間が扱う危険をはらんだ「はさみ」という”物”はいつか摩耗など劣化し、壊れるものでもあります。
という事を考えると、はさみはどのような扱いをすればよいでしょうか?

A:「はさみ」そのものを無くす。使用を中止する
B:「はさみ」の使用制限事項を定めて、危険を理解した上で取り扱うようにする

のどちらかが考えられます。

もっと技術が進化して、危険が今以上に低減された「はさみ」に取って代わる「切る」ことが可能な製品が設計製造されるかもしれませんが、現代では、Bを採用して扱っていることになっているとご理解されていると思います。
Aを採用するというのは、社会の中で多くの人にとって不利益が生じたり、別の方法によってその目的を達するには、コストも時間も多くかかってくる可能性があります。それを現代の日常社会で許容できるでしょうか?

B:「はさみ」の使用制限事項を定めて、危険を理解した上で取り扱うようにする
ここでの危険が「許容できるリスク」ということになります。
「危険=許容できるリスク」を定めるためには、まず「はさみ」の制限事項を明確にして共有することも必要になってきます。

  • はさみは、対象可能な物を切ることを目的としている
  • 使用対象者は、はさみが適切に操作できる
  • 指導が必要な者には管理監督者がついて助ける
    =>つまり使い方を理解できない者は使用しない
  • はさみに使用できる対象物は◯◯、◯◯。XXには使用しない

といった項目が使用にあたっての条件・制限事項となります。
今更ですが、はさみはすでに社会一般に広まった製品ですので、その使用制限事項は言わずもがな社会常識として認められているので購入時にこの制限事項を意識することはありません。強いて言えば、幼児向けはさみは、事前に取扱等を確認される場合が多いかもしれませんね。

4.安全とコミュニケーション

ここまで「安全」や「リスク」についてお話ししてきましたが、重要なのは、製品の安全設計や品質信頼性のある製造だけで安全が完結しているわけではないという点です。
なぜなら、製品や行為に関わるのは「人」であり、人が使用する限り、リスクを完全になくすことはできないということです。この基本的な事実を理解することも、「安全」を考える第一歩にもなりそうです。
社会は日々変化していますので、新しい技術や生活スタイルの登場に伴い、リスクの形も変化していきます。そのため、リスクを低減・軽減するには、製品や環境そのものの改善だけではなく、人が製品を使用している以上、その人と人との「コミュニケーション」が非常に重要ではないでしょうか。

たとえば、

  • 製品や行動の目的
  • 目的を達成するための条件や注意点
  • 製品の取り扱いや使用方法に関する正確な情報
  • 行動や操作の意図やリスクについての適切な伝達

これらの情報を家族や同僚、友人など、日常的に関わる人たちと「共有する、伝えていく、双方向で理解する」といったコミュニケーションを図ることで、リスクをより減らし、より「安全」を確保することになりませんでしょうか。

製品を製造・販売する側も同様に、エンドユーザーに必要な情報を分かりやすく提供するだけでなく、リスク評価を定期的に見直し、新たに生じるリスクや課題に対応することが求められます。こうした取り組みを続けることで、より安全で、安心して使える製品を提供することができるでしょう。 

一方で、むやみに「ゼロリスク」を追求するあまり、優れた製品や斬新なアイデアが日の目を見ずに埋もれてしまう事態や、人々がリスクを恐れるあまり行動や意思決定が萎縮してしまう状況は避けたいですよね。リスクを正しく理解し、受け入れるべき部分と改善すべき部分を見極める冷静な視点も必要です。 

また、リスクを共有するコミュニケーションは、日常生活においても非常に重要です。

  • 家庭内で家電や道具の使い方を家族と話し合うこと
  • 職場で業務上のリスクや注意点をチームで共有すること
  • 地域社会で災害時の対応方法や避難経路を話し合うこと

こうした「安全のための会話」は、単にリスクを減らすだけでなく、互いの信頼を深め、リスク回避の行動において協力しやすい環境を作るきっかけにもなります。

私たち一人ひとりがリスクに対する責任意識を持ち、情報を正しく伝え合うことで、より安心で前向きな社会を築いていくことができるとよいですね。
「安全」、「リスク」というと、つい堅苦しいな、難しいなと考えがちですが、そこには人と人の「コミュニケーション」も重要になってくる事に気づいていただけますと幸いです。

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この記事の執筆者

Eiko Takahashiのアバター

Eiko TakahashiCRESTEC

営業・コンサルティング

執筆者プロフィール

事業推進室国際規格Grにて、営業窓口兼コンサルティング業務を担当。
製品安全に関する国内外の法規制調査やCEマーキング適合支援などを通じて、日々お客様のお困りごとの解決に奮闘中。

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