コンピューター業界の片隅にひっそり生息するマニュアル制作会社ならではの、ニッチでユニークなコトバ使いを解説する連載記事「マニュアル業界用語解説」。今回のお題は「ヘルプ」です。
開いて書くと「オンラインヘルプ」
一般的に「ヘルプ」という言葉は、人手が足りない作業集団に別の誰かが支援のために参加することを指すと思います。当マニュアル業界でもその意味で使う機会はありそうなものですが、なぜか弊社ではその意味で使われる機会はあまりありません。ゼロではないと思いますが、幸いにも人は足りているのかもしれませんし (本当は万年人手不足のはずですが)、あるいは作業者が頻繁に入れ替わらないので、誰かが支援に入るケース自体が少ないかもしれません。
当マニュアル業界では、そのような一般的な意味ではなく、ソフトウェア製品に備わっている「オンラインヘルプ」を指すことが圧倒的に多いです。つまり、操作方法などを説明した使用情報、およびその情報を提供するためのインターフェイスのことです。もともとはソフトウェアの一部であるそのオンラインヘルプも、取扱説明書に準ずるものとしてマニュアル制作会社が作成することがあります。成果物のひとつとして業務で扱っていたので、必然的に社内でも「ヘルプ」といえばそのオンラインヘルプを指すという風潮になっています。

そのオンラインヘルプにもまたいろいろあって
そのオンラインヘルプですが、パーソナルコンピューターの黎明期には、OS ベンダーが開発者に対して手厚い情報提供をしており、その OS の上で動作するソフトウェアのオンラインヘルプのフォーマットとその作成方法もヘルプシステムとして公式に提供されていました。そのおかげで、どのソフトウェアやアプリケーションも F1 キーを押せばヘルプが表示されるという、一種の約束事に基づく定番の操作方法まで確立されていました。
このため、OS の数だけヘルプシステムが存在し、当然ですがその数だけヘルプファイルの種類もありました。OS の開発元が提供するツールとガイドラインでオンラインヘルプを作成することができましたが、サードパーティのソフトウェアベンダーがヘルプオーサリングツールを開発・販売もしていて、なかなかの賑わいでした。

実際にはソフトウェアから呼び出すことができるのは特定のフォーマットのヘルプに限定されるものではなく、 PDF でもよいし、複数のファイルで構成された HTML ファイルの任意のファイルでもオンラインヘルプになりえます。このため昨今では OS ベンダー公式のヘルプシステムではなく汎用的なメディアを用いることが多いようです。
そもそも天下の Microsoft はヘルプシステム作成ツールの公開をあるバージョンからやめてしまっており、現行のヘルプシステムの開発手法は知る人ぞ知る存在。公開された最後のヘルプシステムである HTMLHelp は最近までしぶとく生き残っていたりしますが、Unicode 非対応という現代では石器時代に等しい仕様ですから、絶滅するのも時間の問題です。かくしてヘルプは群雄割拠の無法地帯と化したまま現在に至ります……?
オンラインヘルプの本来の姿
ところで、古典的なオンラインヘルプには、「状況依存 (Context-sensitive)」と呼ばれる独自の特徴があります。
オンラインヘルプには、対象となるソフトウェアの画面や機能の説明が網羅されており、目次から目的の説明を辿ることももちろん可能ですが、表示中の画面にある [ヘルプ] ボタンをクリックしてヘルプを開いたときに、ヘルプに含まれる説明文のうち、その画面の説明をすぐに表示できます。表示中の画面という状況に合わせた動作をするから「状況依存」ということですね。この特徴を備えているのがオンラインヘルプの標準的な姿でした。

状況依存ヘルプとして機能させるためには、ソフトウェアからそのヘルプの該当箇所を狙って表示できるよう、適切なリンク設定が必要です。つまり、マニュアル制作会社だけで作業が完結せず、ソフトウェア開発担当者との連携が必要になります。
ソフトウェア開発担当者側で管理される画面や機能単位に対し、ヘルプのどの説明を関連付けるかを決めておきます。そして、ヘルプに特殊な ID を埋め込んでおいて、その ID をソフトウェア開発担当者に伝えます。このようにして、マニュアル制作会社とソフトウェア開発担当者が「示し合わせる」ことで、状況依存ヘルプが成立します。
換言すると、そのような状況依存 ID を埋め込まなかったら、ソフトウェアのどの [ヘルプ] ボタンをクリックしても、常にオンラインヘルプは表紙から表示されます。これだと何だか、せっかくヘルプなのに、その特徴を生かし切っていない感じがします。
ヘルプ? それともマニュアル?
オンラインヘルプは、ソフトウェアの数だけ存在すると言ってよく、それこそ星の数ほどこの世にあると思います。そしてそれは時代とともに変化しており、今は昔とはだいぶ事情が変わっています。たとえば、OS 標準のヘルプシステムとは別のフォーマットの、HTML ファイルで構成された電子マニュアルも比較的多く存在します。
それとは別に、PDF 形式の取扱説明書 (これも電子マニュアルのひとつ) をヘルプとするケースも多いようです。この場合、たいていは PDF のトップページを表示する仕様です。状況依存のための連携が面倒になったのかもしれません。世代を経て「よくわかっていない人が増えた」のかもしれません。ですが、状況にも文脈にも依存しないのは、ヘルプではなくただの電子マニュアルだと思うのですよね。
OS 標準として仕様が決められていた時代に比べて自由奔放になったことで、昔の特徴は過去の遺物になったのかもしれません。ここは過度に形式にとらわれることなく、ユーザーにとって有益なかたちで使用情報を提供できていればよいと思います。ただし選択肢が多すぎると選択に困ると言いますか、メディアが多いけど決定打に欠けるというのが実情です。
もっと言えば、昨今は生成 AI によるチャットボットを実装するケースも増えています。Web ブラウザー越しに利用するツールやサービスでは、画面右下にアイコンとかキャラクターがいて、自然な言葉で問いかけたら回答が返ってきます。昔ながらのヘルプは今となってはきっと過去のもの。制作会社に身を置く身分としては、今後のオンラインヘルプまたはそれに置き換わるメディアについて、いろいろと学ばないといけないようです……。


